BLUEMAP FANTASY



第一章 〜囚われの少女〜






第五幕『隠された部屋』




 震える手と強い意志で握られたのは、恐らく護身用の短剣。その切っ先は自らの方に向けられている。
「死すべきは私の方……」
 自分ではなく、赤の他人に呪いを押し付ける様な。そんな自分の心さえもが憎かった。

――ここ数日間、ずっと夢を見続けた。目の前から何もかも消え、全てが真っ暗な闇に飲み込まれていく。
 そして、あの呪いの面に取り囲まれる。何度となく、怨念のこもった言葉を浴びせられる。
『お前が悪いのだ』
『お前は偽物だ』
『お前は呪われた娘だ』
『その仮面を剥ぎ取ってやる』
『お前は偽りの姫だ』
 そうして床板が外れ、底のない闇へと引きずり込まれる。
 最初はただの悪夢だと思った。だが何度も見るうちに、ただの夢に過ぎないと思う精神は、少しずつ削がれていった。
 真実はいつも手の届かない、自分の知らない場所に遠ざけられる。その真実を捉えることさえ許されず、ただ、王宮という籠に囚われたままだった。
 自分の素性というものが、実は単なる刷り込みであるかもしれない。そう疑いながら何もすることが出来なかった。
――もう、すでに限界は通り過ぎただろう。眠ることさえも恐ろしい。自分の事も、何もかもが信じられない。

「姫様」
 扉の向こうから少女に呼ばれ、体がびくっと反応する。反射的に察知したのは、『姫』という職を全うしなければならないという現実。
 何事もなかったのだ、どこも私はおかしくない。平静をよそわなければ。
――じわり、額には汗が滲む。
「お加減でも悪いのですか?」
 侍女はさらに問いかけてきたが、なかなか言葉を返せなかった。
 周りの者に迷惑や心配をかける訳にはいかない。
 なんとか返事をしようとも、震えて声が出ない。ひとまず落ち着こうと息を深く吸い込むが、意味深な言葉を耳にしてはっとする。
「ご自身で確かめに行かれますか? レナ姫様――」
 思わず息をのんだ。
 慌てて姫は扉に近づき、外開きに開けた扉のすき間から、頭をのぞかせる。
「何か……知ってるの?」
 疑い深く問う。
「ご案内いたします」
 その冷静な答えへの返事は、外出用のフードを被り、再び扉から顔をのぞかせることだった。


――


 そこには少し湿ったような、暗い空気が漂う。
 まるで光は皆無だった。圧迫感の漂う場所に、ふわりと灯がともる。そこに現れたのは二つの人影。
 お互いは、一言の会話を交わす様子もない。前にはランプを持った者。その後ろに、フードをかぶった人物が続く。
 前者は至って冷静といった様子だが、後者は先の見えない暗闇に怯えていた。
 足音をひそめ、聞き耳をたて、狭い通路を歩く。
 ランプの火に照らされた通路の床や壁、天井までもが石で出来ており、それが延々と続くような殺風景な道だった。
 コツ……コツ、二つのゆっくりとした足音が、微かに響く。
 この先に何が起こるのかわからない。恐怖心からか、暗闇の中で聴覚は研ぎ澄まされていく。
 城のことなら知り尽くしていたはずなのに、隠し通路があるとは意外だった。
 暗闇の中、考えだけが巡る。
 この先には誰かがいるのだろうか。それは一体どのような人で、その人はどんな罪を犯したのだろうか。しかし普通、牢屋は城の地下などにあるはず……。
――書斎に連れて行かれたかと思うと本棚の前で立ち止まり、侍女は何やら呪文を唱えた。そうして気が付いた頃にはこの通路にいたのだ。
 このような通路が隠されているなどと、普通なら考えもしないだろう。そんな場所なのだから、異質な感情を抱かないわけにはいかない。
 よく目を凝らすと、とくに汚れている所はなく、妙に小奇麗にしてあるように思えた。

 そして、姫を先導していた侍女は、行き止まりが見えると歩みを止める。
「私めはここより失礼いたします」
 その先には、より一層暗い空気が漂っているようだった。
 鉄の扉が重々しく、道の先を閉鎖している。
「皆様に気づかれないよう時間を稼いでおります。姫様も速やかに、ご自分のお部屋へお戻りになりますよう」
 そう言い残し、侍女は足音を消して元の場所へと戻っていった。
 自分がここにいることは、誰にも悟られてはならないようだ。
 やや焦る気持ちで、侍女に渡されたランプを扉に近づける。ランプの光はその扉の鍵の部分を照らし出す……。
――その鍵は、鎖で厳重に固められているとわかった。
(この先には行ってはいけないのね。ここは……部屋?)
 一体、どんな恐ろしい物があるのだろうか。または恐ろしい人物がいるのだろうか。
 ここまで厳重にする必要があるのか全く見当もつかない。
 ふと、姫は扉から少し左の方へ目動かす。目の高さ程の場所に、鉄格子のはめられた小窓があるのに気付く。
(ここから向こう側が見えるかも)
 姫はすぅー、と息をのみ、恐怖と焦りと不安に苛まれながらも、思い切って向こう側を覗き込む決心をした。




                              -第六幕へ-





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