BLUEMAP FANTASY



第一章 〜囚われの少女〜




第二十五幕『笑う首と望む結末』







――ああ、これから死ぬんだ。
 そう思った今、私は死んだ。
 けれども次には生きていて、死んだはずなのに生きていた。
 そして目の前にまっすぐ在るのは断頭台。死への道だった。
 また悪夢を見ているのだとは分かっていた。
 いや、無理やりここへ連れてこられたのだ。死神が現れたかと思うと、持っていた大きな鎌を突き付けられた。
 死んだかと思った次の瞬間、気が付けばこの空間にいた。炎の色に包まれていた。
 目の前には首を切るための台と、そこへ行くためだけの道だけがあった。
 最後の最後まで残っていた、心さえも私は捕えられてしまった。心の声はどこへも届かず、体がただ前へ進む。逃げ出したいという気持ちで、心が破裂しそうだった。
『もう、いや……死なせて……』
 逃げ場というものは、残るは“死”のみだろう。そうすればようやく私は、自由になれるのだろう。しかしそれはなかなか訪れなかった。赦(ゆる)してはもらえなかった。
『殺すなら早く殺して……』
 呟きながら、これからまた私は殺されようとする。それは精神から破壊しようと何度も繰り返される。それでも私はなかなか死んでくれなかった。
 少し前の私は死にたくない、生きたいと思っていたけれど、今は死ねたらいいと心から思う。
 死ねないことがこんなに苦しいなんて、死ぬことよりも辛いなんて。
 どうして私は私を簡単に殺してくれないのだろう。こんな風になってまで、私はどこか心の奥で生きたいと望んでいるのだろうか。
 のどがつぶされる瞬間に感じるのは息が詰まる感覚。痛みはないがその瞬間すべての時が止まる。次の瞬間、またやりなおし。
 体中が見えない鎖でつながれているようで、逃げ出すことも指一本さえ動かすこともできない。
 終着点でひざまずかされ、差し出した首が、透明な“枠”に固定される。
 透き通りそうなまでに鋭い刃がおりると、視界が血塗られる。
 気が付けばまた、はじめからやりなおし。
 こんなにまで、首を何度も落とされるのは何故だろう?

 それでも、いつかは本当に死んでしまうのだろうか。その時はこれが本番だと教えてくれるのだろうか。
 せめて、こんなことならせめて自分が死ぬ瞬間くらい知っておきたい。私の死ぬ瞬間を。どれだけ私が生きていたのかを。

『ああ、私の目の前に騎士は現れず、死神さまが現れました』
 そう思った今、私はまた死んだ。
『ところが死神さまは私をなかなか殺してはくれません』
 そしてまた私は死への道に立つ。
『となれば、私を助けてくれるはずだった騎士様に、私は殺されてしまうのでしょうか』
 立ち止まり、
『ああ、きっと、神様と3人で笑って見ているのだわ』
 ひざまずき、
『さぞかし滑稽なのでしょう』
 私が死んだ。
『こうして何度も私を殺してくださって』
 繰り返す。
 私が死んでしまったのは、一体いつなのだろう。いつの間にか私は死んでしまったのだろうか。
 私はわらう。私がわらっている。私だけがわらっていた。
 そこら中に、死んだ私が転がっていた。
 首は宙に浮かび、こっちを見てワラったり、ぐるぐる回ったりする。
 そうしているうちにまた、今の私も首になった。
 本当の私がどれかなんて、考えるだけヲカシクて、また私はワラっていた。


――


「やっぱり――ここへ来たのね」
 資料保管庫の扉を少女が開ける頃、黒マントの男は、金髪の少年を抱きかかえたまま、そこに立ち尽くしていた。
 大きな筒のような部屋は相変わらず、その天井にまで本がぎっしり詰まっているのだが、全く別の部屋の様だった。
 今のこの部屋に男は先ほどの、束縛されているような、居心地の悪さを感じなかった。
「教えてくれ。一体どういう事なのか……本の中に入ってから何がどうなったんだ? ――ここは一体、どこだ。ここから出るには一体どうすれば……」
 漠然とした心境が、男の口から次々とこぼれ出る。それに対し、問われる少女は、まるで全てを知っているかのように冷静だった。
「はぁ……ったく。そんなに一度に質問しないでよね。そんなの自分で考えたら?」
 すがるような思いをため息まじりで返された男は、ため息を吐き、舌打ちする。
「くそ……」
「――なんてね」と、おどけるキャスリン。
「あなたにヒントをあげるわ。私ってやさしいでしょ?」
 男はまたしても拍子抜けをくらってしまった。
(……ふざけやがって)
 少女は今の状況を楽しんでいるのだろうか。行き詰った男を見て笑っているのだとしたら、すこし趣味が悪いのかもしれない。
「ここは本の中の世界なの。……わかってると思うけど」
 少女はぽつんと言葉を発するが、それが男にはいちいち嫌味ったらしく聞こえた。それでも苛立ち、焦る心を抑え、男は少女の言葉に耳を傾ける。
「そして物語の主人公は、あなた。……いえ、本当のあなたよ」
「本当の……」
(俺……)
 少女の言葉に男の心は揺れる。
「逃げないで、目を逸らさないで。この物語は、本当のあなたでないと進まない。……望む結末は、主人公が望む物語を演じなければ得られないの」
 この言葉はどういう意味なのか、少女が敵なのか味方なのかさえ、男にはわからない。けれども、今はその言葉を信じるしかなかった。

「……で、どういう事だ?」
 しかし、理解が追いつくのとはまた、この男には別問題なのであった。
「……このままだと、本の世界に閉じ込められっぱなしって事よ。未完結でね」
 少女は多少呆れたように言った。
「それって……なにかまずいのか?」
 男は自分で言った後に少し理解したようで、焦った。
「なんだかよくわからんが……まずいよな! ああ、うん……」
 そんな男にキャスリンは、怪しげな視線を送る。
「あのね、今はまだ何とか、この世界が保たれてるけど……主人公であるあなたが行動しない限り、このまま物語が終わってしまう事になるのよ? 物語は永遠じゃないの、いつか終わるの……」
「終わったらどうなるんだ?」
 少女の言わんとすることは難しく、男の理解力は乏しい。この二人には少々、関係に難があるのかもしれない。
「このまま進まなかったら、物語は中途半端に途切れてしまうの。それは、死ぬことと同じ。そして誰にも見られなくなって……忘れられてしまうのよ……それって消える事と同じなの」
 少女は切なげな表情をにじませる。
「そうならないためにはどうすればいいんだ?」
「物語を望む結末へ導くこと。……それには主人公が望みを叶える事が必要なの。そしてそれは、本当のあなたにしか出来ない」
 少女は言葉を尽くした。
「――で、わかったかしら?」
 男は答える。
「……それがわからないからっ……困ってるんだ!」
 少女は額に手をあて、呆れたようにがっくりと肩を落とした。
「じゃあ、あなたはどうしてオレリア城に侵入してきたの? 目的はなに? この本の世界で、本当のあなたは一体、何をしていたの?」





                              -第二十六幕へ-





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